keroyonの『精進なんてやーめた』日記

精進はとうの昔に諦めた、忘れん坊の備忘録。あることないこと?晒してます。

【200記事記念!?】大学#6<ただ善人こそが宝>

こんにちは。keryonです。今日からGoldenWeekですね。
おまけに今日は200記事目。どうしようかと昨日から緊張してましたが、緊張しすぎで昨日は更新できず…。

やっぱり普通な感じがkeroyonらしいかな。と、初心に返り<温故知新プロジェクト>です。

 

 

今日は、久しぶりに「大学」から。

「大学」第6章 3より。長いので金谷先生の解説から抜粋します。

(三)「楚書」には「その国では特に財宝というべきものはない。ただ善人こそが宝だと考える」と書かれている。
晋の鼠犯(きゅうはん)の言葉でも「亡命のお方にはとくに財宝と言うべきものはない。人徳のある近親者こそが宝だと考える」と言われている。
秦誓(しんせい)篇ではまた次のように言われる、

「ここに一人の臣下がいたとしよう。

まじめひと筋で格別の技能も持たないが、その心は寛容(ひろやか)で他人をよく受け容れる。だれかに特技があると認めると、[嫉妬もせずに]まるで自分の特技のように[してそれを推薦]し、聡明で優秀な人物がいると、心からその人物を愛好する。…(A)
ただ口でほめそやすだけでなく、ほんとうにその人物をよく受け容れて、そうしてわが子孫による統治を末永く安泰にできるというのであれば、もろもろの民草もまた利益を受けることになるだろう。

[ところがこれに反して]誰かに特技があると認めると、ねたみうとんじて憎悪し、聡明で優秀な人物がいたとなると、それに逆らってその才能が君主に知れないように画策する。…(B)

ほんとうにその人物を受け容れる事ができず、そうしてわが子孫による統治を末永く安泰にすることもできないというのであれば、もろもろの民草もまた危険なことになるだろう。」

ただ仁人だけが、こうした(他人の善を受け容れることのできない)人物をきっぱりと追放して流刑にし、四方の未開の土地に退けて、善良な人々とは一緒に中国では住めないようにする。「ただ仁人こそが、ほんとうに人を愛することができ、またほんとうに人を憎むことができるといえる、」というのはこういうことである。(略)

官位についている君子にはよるべき立派な基準がある。それは必ず忠信(まごころ)の徳を守ってこそ成功が得られ、驕り高ぶった傲慢では失敗するということである。

※いつもの通り、改行や漢字かなづかいを変更したりしています。

 

二種類の人物が描かれていましたが、(A)の人みたいになりたいな。

  • なるべくいろんな人の話に耳を傾け、(苦手だけど…>_<)
  • 人の良いところに注目し、
  • 相手の年齢や地位などに関係なく、その人の能力を尊敬できる、
  • 年を重ねてもいつまでも謙虚に、

そんな人になりたいです。

「格別の技能も持たないが」ここにピーン!と反応した私…。(>_<)

それでもいいんですね。

 

なんとなく、ラストが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」みたいになってきました。
ついでに…。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ䕃ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

雨ニモマケズ - Wikisource (180428引用)

「でくのぼうとよばれ、ほめられもせず…」…それは私です。


そういえば、こんなお花を昨日見つけました。

f:id:zaihamizunogotoshi:20180428114905p:plain


こんなお花みたいに強くなりたいです。
200記事目のkeroyonの、ちいさなちいさな決意です。

 

今日もお付き合いくださり、ありがとうございました。
大型連休、私は無理せずほそぼそと地に足つけて、今に集中したいと思います。

みなさまには、すてきな連休になりますように~🍀🍀🍀!

  

 ※出展:岩波書店 「大学・中庸」 訳注者:金谷治 

 

大学・中庸 (ワイド版岩波文庫)

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 ※やだー。誤字脱字ダブり字たくさんあったので、修正しました。失礼いたしました。180429丑の刻