keroyonの『精進なんてやーめた』日記

精進はとうの昔に諦めた、忘れん坊の備忘録。あることないこと?晒してます。

価値観の異なる人との距離感。<渋沢栄一「論語と算盤」より>

おはよございます、keroyonです。
昨日の私のツイッターでの行動を、「論語と算盤」の渋沢先生に叱られました。 

 

渋沢栄一先生の「論語と算盤」から。

 

私は年寄りの冷や水といいますか、はた老婆心といいましょうか、この歳になっても国家社会の為には朝夕駆け回っております。自宅にもみなさんが種々なことをいって見えますが、それが必ずしも良いことばかりではありません。否、寄付をしろの、資本をかせの、学費を貸与してくれのと、ずいぶん理不尽なことを言ってくる人もありますが、私はそれらの人々にことごとく会っています。世の中は広いからずいぶん賢者もおれば偉い人もいる。それをうるさい良くない人が来るからと言って、玉石混交して一様に断り、門戸を閉鎖してしまうようでは、一人賢者に対して礼を失するのみならず、社会に対する義務を完全に遂行することができません。

  (略)

昔支那の語に「周公三たび哺を吐き、沛公三たび髪を梳(くしけず)る」ということがある。すなわち周公という大政治家は、ご飯を食べている時に訪問客があると、食べかけたご飯を吐き出して客を迎えて用件を聞く。客が帰るとまたご飯にかかるが、そこへ来客があるとまた御飯を吐き出して面会する。かくて一回の食事中に三度も哺を吐いて来客に接するというほど来客を優遇した。
また沛公は漢八百年の基(もとい)を開いた高祖であるが、この人も周公に私淑し、よく広く賢者をまつという主義で、朝髪をすいているとき来客があると、髪を梳ったまま引見する。三度髪を梳るというのは、三度結いかけた髪を中止してまで訪客にせっするという、非常に客を歓迎するの意味を表したものである。
私は敢えて周公沛公の賢に比するというわけではないが、広く賢者にまつという意味で、どなたにでもお目にかかることにしている。

 (略)

うるさいとか億劫だとかいって引っ込んでおっては、国家社会に対して徳義上の義務を全うすることはできないと思う。

引用:渋沢栄一著 「論語と算盤」大和出版 富豪と徳義上の義務の章より

 

渋沢先生が「周公沛公の賢に比するわけではない」のと同様、私が渋沢先生に比するにまったく値しないのですが、とりあえず門戸を開く意味で、ツイのフォローを見直してみたのです。

そしたら、知らない方から即DMが。最近はフォロバするとDM返すのが礼なのでしょうか??影からそっと覗いてる程度でいいのに、いきなりDMで挨拶されて…。

 

影から覗いていたのに、突然背後をとられ、肩を叩かれた感じの距離感…。
速攻、フォローを外してDMも削除してしまいました。ごめんなさい…。

 

先生の足元にも及ばないです…。これから精進します。
もちろん渋沢先生もいろいろな方にお会いして話は聞くんだけれども、

もし無理な注文が出れば断るし、できることは尽して上げるようにする。

自戒を込めてエントリに起こしました。誤解から理解を深めるんだし、違う価値観の方ともある程度は話ができるようになりたい…。何年もかかるかもしれないけれどw。

 

www.zaihamizunogotoshi.com

 

今日も、備忘メモに最後までお付き合いいただき、ありがとございます。
いよいよ週中ですね。みなさまにはつつがなく週末が迎えられますように~🍀

 

keroyon

 

 

追記:引用を追記していたら、章立てが「富豪と…」だった。富豪!?そういうことか…w。富を築いた人が社会に還元しようという話だったのか…?
更に縁遠くてがっかり(笑)。←いやいやそういうことではないはず。

 

追記2:こんな四字熟語もあるのですね。

あくはつ‐とほ【握髪吐哺】
《周公は賢者の訪問に対し、洗髪中でも洗いかけの髪を握りながら、食事中でも口中の物を吐き出して、すぐに面接したという、「韓詩外伝」三や「史記」魯周公世家にある故事から》為政者が人材を得ることに熱心なたとえ。吐哺握髪。

握髪吐哺(あくはつとほ)の意味・使い方 - 四字熟語一覧 - goo辞書

出典が「十八史略」だったり「漢詩外伝」だったり。偉人の逸話はいろいろな場所で語られるのですね。さすが。

 

論語と算盤 (創業者を読む (1))

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